私が医学部を受験したのは今から40年くらい前でしょうか。その頃は“親が医師でなければ子どもは医師になれない”と言われていました。金銭的な問題に加えて、今でさえ80ほどの大学に医学部課程があって8000人くらいの定員ですが、当時は5000人弱の定員しかなかったこともあって、とても狭き門だったのです。しかも私の父は公務員でしたから、このチャレンジはとてもハードルの高いものでした。
しかしそれでも私が医師になろうと思ったのは、... 続きはこちら
こうして東京慈恵会医科大学に進んだのですが、ここからも苦難の連続でした。
大学時代から専門は食道ガンだったのですが、これは外科の中でも最も手術のダメージが大きく、医師の腕が試されるから。・・・続きはこちら
今は外科部長として後進を育てる役目もしているのですが、若い研修医たちには“細やかさとスピード、そして気配りを忘れるな”と言い続けています。
東京慈恵会医科大学卒。
慈恵医大外科に勤務後、2004年 7月に町田市民病院着任。同年 10月より外科部長。
2009年 4月から同病院副院長に就任。現在、客員教授として母校の慈恵医大で教鞭を執り、後進の育成にもあたっている。
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